Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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2004.10
NPO『ニュースタート事務局』による新たなコミュニティー構成
  =<協働>の実験

はじめに
本論は、「コミュニティー福祉の課題」というテーマを、「新自由主義(以下ネ
オリベラリズム)」という潮流における新たなコミュニティー構成=<協働>の実
践を視野に入れて捉え、その実践事例を紹介しながら論じる。ここで、ネオリベ
ラリズムは、その今日的(現在および近未来的)形態において広くその理念を解
するなら、「政府からの支出は可能な限り抑制するとともに、自由競争市場におけ
る多様な民間諸主体の「自己責任」=選択の自由において、その専門性=質を向
上させることによって諸問題に対応する」というものになる。介護保険を主軸と
するわが国の社会福祉基礎構造改革も、このような理念をその土台にしている。ま
た、<協働>とは、以下の事例で論じるように、現在主として非営利組織(以下
NPO)または諸個人のゆるやかなネットワークを主体として多様なコミュニティ
ー福祉課題の達成を目指して実践されているまさにその実践のあり方を意味する。    
本論でネオリベラリズムという枠組みが間接的にではあるが問われる理由は、
上述したその理念からは、「そもそもコミュニティーをどのように構成すればよい
のか」、あるいは「コミュニティーの構成過程として、多様な民間諸主体がどのよ
うにネットワーク化されるべきなのか」という課題に対する解答が導出できない
からである。なぜなら、市場というマクロレベルと個々の実践活動というミクロレ
ベルの媒介に関して、ネオリベラリズムの潮流は、市場における自由競争以外の
媒介項を当然にも排除してしまう傾向が強いからである。したがって、ネオリベ
ラリズム自身にとって、「コミュニティーの構成」という独立した課題は存在しな
いかまたはネグレクトされることになる。このような問題関心のもとで、本論で
は、この課題をNPOまたは諸個人のゆるやかなネットワークをキーエージェント
と位置づけて論じることにしたい。
1. コミュニティー福祉の課題としての<協働>の構成
まず、新たなコミュニティー構成=<協働>の実践過程において、なぜNPO
または諸個人のゆるやかなネットワークがキーエージェントとなるのか論じる。
京極高宣は、社会福祉政策のマクロの観点から、「民営化は商業化を含むとしても、
非営利団体によっても行われることである(---)それによって非営利部門における
国家的役割が減退しても、民間活力がより発揮され、サービス提供体制が多様化さ
れ、国民にとって選択肢が増加し、サービス競争が良い意味で活性化するとしたら、
今日的意義がある」と述べている。(注1) すなわち、ここではNPOが、ネオリ
ベラリズム下の市場競争を補完し場合によってはそれを代替する「社会市場」が
有効に機能するためのキーエージェントとして正当化されている。
 それでは、ミクロの観点からは、NPOまたは諸個人のゆるやかなネットワーク
はどう位置づけられるのか。上述の新たなコミュニティー構成=<協働>の実践
過程は、無意識なものを含む多様な個々人の生活の工夫や生活の知恵(生活問題
に対処する手法・スキル)が触発し合い、強化し合う過程であり、またそのよう
な過程であってこそ、社会市場におけるミクロレベルの有効性を持つと考えられ
る。本論でいう新たな社会的過程としてのコミュニティー構成=<協働>の実践
過程は、「社会市場」というマクロレベルと(ここではまだ仮定された存在として
の)「存立実体としてのコミュニティー」を媒介するミクロレベルの実践過程の総
称である。この実践過程を、社会哲学者のネグリ/ハートは「非物質的労働(ケ
ア労働)」という普遍的な視点から捉え、以下のように述べている。
「ケア労働はたしかに身体的、肉体的な領域に完全に属するものだが、にもか
かわらずそれが生産する情動は非物質的なものである。情動にかかわる労働が生
み出すものは社会的ネットワークであり、コミュニティーの諸形態であり、生権
力(biopower)なのである(中略)これらの非物質的労働の形態のそれぞれにおいて、
協働が労働それ自体に完全に内属している」(注2)
すなわち、「社会的ネットワーク」、「コミュニティーの諸形態」、「生権力」を生
み出す「情動にかかわる労働」(ケア労働)とは、<協働>が「労働それ自体に完
全に内属している」ものである。そこで、以下の論述において、こうした「非物
質的労働」に内属するネットワーク・コミュニティー構成機能を備えた<協働>
の実践事例を紹介しながら論じることにしたい。
2.実践事例の考察―NPO『ニュースタート事務局』(注3)
ここでは、事例として、『ニュースタート事務局』(1999年NPO法人格取得)
を取り上げる。HPの記述によると、『ニュースタート事務局』(以下NS)は、
「1994年9月に不登校や引きこもりなどの若者をイタリアの農園で共同生活へ
と送り出した「ニュースタート・プロジェクト」を起点」としている。本論で
は、NSのその後の主な活動を、新たなコミュニティー構成としての<協働>の
構成実践として捉える。具体的には、(1)若者達が共同生活を体験できる寮(若衆
宿)という<協働>の構成実践、(2)仕事が体験できる場所(仕事体験塾)という
<協働>の構成実践、そしてこれら両者の基盤としての、(3) 引きこもる若者
の元を訪問する部隊である「レンタル部隊」という<協働>の構成実践である。
以下にその具体的な活動を紹介する。
引きこもる若者の元を訪問する部隊である「レンタル部隊」は、男性の訪問者の場合「レ
ンタルお兄さん」、女性の場合「レンタルお姉さん」と呼ばれる。HPによれば、「引きこも
る若者の親が、スタッフとの面接を経て、ニュースタート事務局へ依頼した後に派遣」
される。「連れ出された若者が社会に参加できる力を取り戻すための場「若衆宿」及び
「仕事体験塾」への橋渡しをするための道具に徹するのがこの部隊の活動の主旨」であ
る。次に「若衆宿とは、家から出ることになった引きこもりの若者が、共同生活を
送るための寮(中略)若衆宿の運営は若者たちの自主性にゆだねられており、入
寮した若者は共同生活を送る上でのルール作り、食事、掃除、洗濯といった、
日常生活を送る上で必要な仕事を自分でこなしていく」。「その過程で他の若
者や、時に訪れる外国人留学生と出会い、交流を持つことで、人とかかわる力
を身につけ、あるいは取り戻して」いく。さらに、「仕事体験塾とは、労働体
験・社会体験を積むための場です。「若衆宿」で共同生活を送れるようになっ
た後、より広い社会に参加する力を身につけるため、実社会の仕事を体験しな
がら、仕事をする力、社会に参加できる力を身につけていきます。仕事に交代
制で携わる事で、同時期に複数の仕事を体験することができます。その中から
自分のやりたい仕事を見つけて」いくとされる。
以上見てきたコミュニティー構成の実践過程としての<協働>は、以下のよう
な特徴を持っているといえる。
1.多様な個々人の生活の工夫や生活の知恵(生活問題に対処する手法・スキ
ル)が触発し合い、強化し合うことによって育成されていく過程。
2.上記の触発、強化、育成の過程がそこで実現する<協働>の場(母胎とし
ての諸個人のゆるやかなネットワーク)の構成
3.応答的他者関係の構成による<去勢>機能
引きこもっていた者にとっての訓練過程としての応答的他者関係において、自
らが成育した家族関係という場では不可能であった<去勢>、すなわちこの応答
的他者関係という訓練過程を潜り抜けながらの成熟が、たとえ少しずつであって
も実現されていくことになる。すなわち、他者との出会いにおいて、自らが万能
である(あらゆる可能性を実現し得る存在である)という幻想が断念され、それ
以外の可能性を断念して自ら選び取った一つの可能性の実現を目指して自己形成
していく場を、自分自身が生活する場として創造していくのである。
我々は、このような意味での、応答的他者関係という訓練過程を潜り抜けていく
創造過程を、コミュニティー構成の実践過程としての<協働>と呼ぶ。グローバ
ル資本主義の急激な展開に応じて、世界的レベルで既存のさまざまなコミュニテ
ィーが解体・再編成されていくなかで、新たなコミュニティー構成=<協働>の
実践過程としてのさまざまな地域福祉実践プログラムが求められている。(注4)
               【注】
(注1) 『京極高宣著作集5 社会保障』京極高宣著 中央法規 2003年 p.314-315.
(注2) 邦訳『<帝国>』アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著 
以文社 2003. p.378-379.原書Empire, Michael Hardt and Antonio Negri Harvard
University Press.2000. p.293-294.
(注3) http://www.new-start-jp.org/
(注4) 上述のように、コミュニティー構成のさらに母胎となるのが、「諸個人のゆ
るやかなネットワークの構成」としての<協働>の実践過程である。そうした新
たな地域福祉実践プログラムの試みとして、以下に、筆者の友人である死紺亭柳竹
(芸名)氏による実践事例を、HPにおける氏自身の言葉によって紹介する。
なお、http://www.e-mile.com/cgi-bin/view_bbs.cgi?c_id=0684を参照。
「2004年10月14日、高田馬場三丁目のNPO法人グループ・ハーモニ
ーにて、第29回「ふれあいいきいきサロン」が行われました。この取り組みは
読売新聞の記事サイトの介護ニュースでも紹介されています。地域の高齢者の方
の孤独を癒すのが、このサロンの主旨。ある意味癒し系の兄さん(死紺亭柳竹氏
の自称であるー筆者による注)、頑張ってきました。共演者は、ハーモニカや大正
琴の演奏をされる平井春琴先生(なんと御年89歳。でも、ほんとに元気なんで
す。)楽屋話でお聴きするところによれば、新宿の抜け弁天にて楽器屋を営み、そ
の関係でさまざまな楽器のご教導に従事されてきているそうです。(楽器店は現在、
看板のみだそうです。)故・林家三平師匠にアコーディオンのご教導をされたりと
豊富なキャリアの持ち主。高齢者の方には懐かしいメロディ『草競馬』などを熱
演され、会場を盛り上げていらっしゃいました。(一緒に盛り上がってる死紺亭は、
若い割には、古いことを知ってるひと)。大正琴も、大変年季の入った品物を、大
切に奏でていらっしゃいました。死紺亭柳竹は、まず詩の朗読。高田馬場ゆかり
の詩人、高田敏子さんの経歴と詩「母の日」と「丘」をご紹介。また自分の昨年
に至るまでの境遇を説明しながら、詩「へその緒」を朗読しました。落語の時間
は、高齢者のみなさまと触れ合うために、大喜利から。みんなで、「あいうえお作
文」を楽しみました。そのあと古典落語は「寿限無」。死紺亭オリジナル・アレン
ジでお届けする日本語であそぼ♪ 死紺亭、芸暦16年めですが、まさか初年に習
ったネタが、ここに来てウケるとは。みなさまに笑って頂きました。サロン終了
後、みなさまと交流の時間。いや、「お年寄り」というイメージで片付けたらイケ
マセンよ、あなた。矢張り、みなさま、豊富な経験と知識と知恵をお持ちで。あ
と、意外だったのが、ぼくが結構、馬場で言えば古株なこと。何処かしらから引
退されて、この街に来ている方も多いんですね。この取り組みの重要さは、そこ
でしょう。"地域社会"の意味も、そこにあるのでしょう。あ、あと、普段ベンズ
(名称「ベンズ・カフェ」。地元高田馬場にあり、定期的に「朗詩会」が催される
ー筆者による注)に行っている方もいて、「あそこで詩の朗読、やってるの??」
とビックリされました。地元の人間の実感でしょう。「あそこ、お酒があっても、
ツマミがないんだよねっ!」リアルな感想だよなー。でも、落ち着いてお茶した
いときには最適だそうです。それから、ぼくが日本の戦前から戦後の喜劇の研究
をしていることもあって、新宿の芝居小屋の話など、いろいろ聴かせて頂きまし
た。ある方は、戦争に召集された方で、出征まえに、最後に名人会を観に行った
ときの話をされたときは、眼が潤んでらっしゃいました。その方は、ほんとうに、
ぼくが知識や音源でしか知らない名人を生で観ている眼の肥えた方で、そういう
流れのなかで、「きょうの死紺亭さんの高座は、久しぶりに良いものが観れたよ」
と仰言って、それは掛け値無しに、有り難い言葉でした。また、その方はさる
NPOの理事の方だったのですが(あとで名刺を頂いて、知った。)、「最近、詩の
朗読を売り込みに来るひとたちが、多くて。でも、観るとピンと来ない。その点、
死紺亭さんの詩の朗読なら、芸もあるし、まとめる力があるし、間違いないね。」
という主旨の過褒のお言葉を頂きました。ただ、ぼく自身もきょうの手ごたえと
して、「詩の朗読」は営業に成り得るという確信が残りました。飽くまで、自分事
ですが。ともあれ、「詩人」と「芸人」で「喜劇人」という自分のスタンスの確か
さと、「地域社会」と「高齢者」のみなさまは、大切な宝だ、と実感できた、きょ
う一日でした。まずは、足元から。これからも理論と実践で頑張ろうと思う死紺
亭兄さんでした」

【参考文献・資料】
Empire, Michael Hardt, Antonio Negri Harvard University Press.2000.
邦訳 アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート『<帝国> グローバル化の世界秩
序とマルチチュードの可能性』以文社 2003
『社会的ひきこもり』斎藤環著 PHP 1998年
『京極高宣著作集5 社会保障』京極高宣著 中央法規 2003年
『グローバル化とアイデンティティ・クライシス』 宮永国子編著
 明石書店2002年
『月間福祉』2004.10.
『社会福祉研究』第89号2004.
『社会福祉研究』第90号2004.p.63-69.
HP
http://www.new-start-jp.org/
http://www.e-mile.com/cgi-bin/view_bbs.cgi?c_id=0684
http://kuniko.com/

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